生まれてこなければよかった!人生の閉塞感から解き放たれるには

  • 2018年8月31日
  • 2020年5月17日
  • 幸せ
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相手の期待に沿うように頑張っても報われない。
生きていても楽しくないし、何で生きているのかわからない。
人の言われている通りにできない自分に嫌気がさす。

「こんなことなら生まれてこなければよかった」

今回は「生まれてこなければよかった」という気持ちについて書いていきます。
親や学校の先生、上司や会社のルールなど従わなければならないことが多く、
息苦しさと共に人生の閉塞感を抱いているかもしれません。

生きることは大変ですよね。
そんな苦しさや空虚な気持ちは無理にポジティブに変換せず、そのまま感じてみてください。

無理に前向きになるというのは、今感じている気持ちに蓋をするということです。
臭いものに蓋をしても心の底からスッキリするわけではないので、
ぜひ、蓋をせず湧いてくる感情はそのまま感じてください。

その一方で、人生はいくらでも生きやすくすることができます。
というのも、私も心のことを学ぶまで生きづらさと人生に対する閉塞感を抱いていました。
頑張っても頑張っても報われず、この修行の繰り返しは一体何なのかと疑問と焦りを感じていました。

そんな中、心のことに出会い、
「自分でも気づいていないもの」に縛られ続けていたことに気づいたのです。
そして、その縛りを自分を解いていくことによって、自由に満たされるようになりました。

この記事では、生まれてこなければよかったという人生に対する苦しさや閉塞感を抱くとき、
何に縛られているのかを説明しながら、そこから解放されていくには何をしたらいいのかについて説明していきます。

自由で楽しい世界は遠いところにあるのではなく、いつでも手の届くところにあります。
ぜひ、実践してみてくださいね。

1.人生の難易度は自分で決めている

それにしても、生きることは大変ですよね。

いい点取るのも、誰かに評価されるのも、嫌われないように生きるのも、浮かないようにするにも、
必ず頑張りが必要で、気を抜けば誰に何を思われるかわかったものではありません。
そういう意味で、生きることは簡単なことではなく大変なものだと思います。

しかし、この人生を生きる難易度は自分で決めているのです。
平たく言うと、人生を大変なものにするのか楽なものにするのかは、
自分のさじ加減だということです。

今、もし生きるのが大変で生まれてこなければよかったと感じるのであれば、
それは、人生をハードモードに設定しているということです。
具体的に言うと、「いい点を取り」「評価され」「嫌われず」「浮かない存在」でいなければならないと自分でルールを決めているということです。

要は、自分への合格点がものすごい高いのです。
そして、この合格点の高さを当たり前だと感じています。
合格点が高い状態では、何をするにも頑張り、気を遣い成長を目指し苦しい気持ちになっていきます。

逆に、この合格点や人生の難易度を下げることで、
生きることが、大変な状態からちょろい状態へと当たり前に変わっていくのです。

2.なぜ生きることをハードモードにしたのか

では、なぜ生きることをハードモードに設定したのかについて、
その二つの理由を説明していきます。

2-1.他人から言われたことを真に受けたから

まず、その一つ目の理由は、昔誰かに言われたことを真に受けたからです。
小さな頃に、親や親戚、学校の先生に言われたことを、
それが正解だと受け入れるとそれがいつの間にか自分の当たり前になっていきます。

  • 頑張ることは良いことだ、惰性で生きることは悪いことだ
  • 人には優しく愛想よくしなさい
  • こんなことができないなんてバカでクズな子なんだ

昔から無数に言われてきたことを正しいことだと感じ、
疑う事無く受け入れることによって、クリアしなければいけない項目が増えていくのです。

そして、その項目を満たしていない自分を責めたり、
全ての項目を満たす日々を送ったりすることで、
人生に対してとてつもなく大きな息苦しさを感じるようになります。

2-2.正解の基準を他人に委ねているから

人生の合格点や難易度を上げることになった二つ目の理由が、
自分の言動を決める基準を相手に委ねているからというものになります。

どういうことかというと、他人からどう思われるかをものすごく重要なことだと捉えているということです。

  • 他人によく思われなかったから今の言動はダメだった
  • あの人に嫌われたから自分のこの性格は出してはいけないんだ
  • 結果を出さないと周りからガッカリされるから頑張ろう

要は、自分の行動の基準が全部他人だということです。
他人が良しと言えば良し、他人がダメだと言えばダメ。

その価値観を持っていると、「全員によく思われなければ」という檻の中で生きることになるし、
人それぞれ良しと思うことが違うのでどんな時にも状況判断して自分を変えていかなければなりません。

言葉にするだけでその大変さを感じますよね。
その大変さが人生って苦しくつまらないだけという感覚になっていきます。

3.人生をイージーモードに変える方法

ここまで、人生の難易度の話となぜ難易度を上げたのかについて説明しました。
人生の難易度は自分で設定していて、それは他人の言動を真に受け相手基準で物事を考えてきたからというお話でした。

他人を軸にして人生を大変にしようとすればいくらでも大変なものにしていくことができます。
しかし、その逆に、他人から距離を取り人生を楽にしようとすればいくらでも楽なものにすることができます。

この章では先ほどの人生をハードモードにする理由それぞれに対して、
どう捉えていったら自由になり満たされていくのかについて説明していきます。

3-1.他人から言われたことを真に受けている

まず、他人から言われたことを真に受けているということについてです。
人は誰しも何かを真に受け、何かを正しいと感じて生きています。
そして、その価値観のほとんどは子どもの頃に作られます。

親のしつけや言動によって、何が正しく何がダメなことなのかを把握していくのです。
しかし、親のしつけや価値観というものは子どもを必ず幸せにするかと言うと決してそんなことはありません。

良かれと思った言動であったとしても、それが子供を縛るものになることもあります。
また、親も未熟なので偏った教えを伝えることもあるでしょう。

何が言いたいかというと、昔親から言われて真に受けた教えをいつまでも大事にしなくていいということです。
どれだけ両親が自分のことを思っていたとしても、どれだけ強く否定され怒鳴られたとしても、
それは「守らなければいけないもの」なんかではありません。

ただの一考えに過ぎないのです、それを当たり前のように言われたりきつい表情とトーンで言われたりすると、
さもそうしなければ人としていけないのではないかという気持ちがしてきます。

しかし、あくまでその人が信じている一つの考えなのです。
だから、親や親戚、学校の先生、上司から言われたことはあくまで参考に留め、
自分に合うようにカスタマイズしていったらいいのです。

愛想よくすることも、相手に合わせることも、いい子でいることも、
人の期待に応えることも、能力を上げることも、結果を出すことも、
それが自分の人生を息苦しいものに変えてしまうのであれば、そんな他人からの教えは捨ててしまってください。

また、何かができないことや自分の性格によって、他人の人格を否定するなんて甚だおかしなことです。
人はどんな人間であってもそれでいいのです。
こうあるべきや人としての正しさなんてものはこの世にありません。

それは、逆に言うとダメな人間性もないということです。
ダメではないというか、良い悪いの概念がないという話です。

だから、できないことや自分の性格について否定することは見当違いもいいところです。
もし、昔、親に暴言を吐かれて、そんな自分はダメなのだと感じている場合は、
ぜひ、そんな言葉を真に受けなくてもいいのだということを覚えておいてください。

また、もし、その言葉を真に受けて自分を責めている場合は、
「そんな自分でもいい」と自分を許してあげてください。
許すというか、元々悪いところなんてないのですが、そんな自分でもそれでもいいと受け入れてあげるということです。

今まで、そのままでよくて責めなくていい自分を自分が責めていじめてきました。
自分に対してかわいそうな扱いをしてきたんですよね。
自分を否定して嫌ってきた分、頑張ってそのままの自分を可愛がって大事にしてあげてください。

自分を大事にするとは、自分の気持ちに従うということです。
やりたくないことをやめ、やりたいことをやる。
我慢して押さえ込んできた本心を自分が聞いてあげる。

その一つ一つが自分を大事にすることであり、
自分を愛おしく大事な存在だと感じることにつながっていきます。

すると、環境はあまり変わらなくても、
自分は大事な存在なのだと暖かい気持ちが広がるとともに大きな自由を感じます。
逆に、今まで何であんなに窮屈なところにいたのだろうと疑問になっていくと思います。

3-2.正解の基準を他人に委ねている

次に、正解か否かを他人の反応によって決めている場合について説明していきます。

他人がどう思うかは、あなたの行動を決める基準にはなりません。
あの人に嫌われるから、おかしく思われるから、嫌な顔をされるからという他人の反応ありきで、
自分の行動を決めてしまうと、自分の自由がどんどん小さくなっていきます。

自分の意思で生きているのではなく、他人を基準に生きている。
つまり、自分の人生ではなく他人の人生を生きているということです。

全てを自分の意思で生きたらいいというのは極端ですが、
他人の反応との距離を大いに取ってもらったら自分の人生が変わったかのように楽しくなっていきます。

要は、他人に嫌われても、おかしく思われても、嫌な顔をされても、
それでも、自分の思っていることはするし、
自分のやりたいことはやり自分のやりたくないことはやらないということです。

正直な話、他人に評価されてもいくらよく思われても、それがあなたの何になるわけではありません。
ほんの少しの時間、嬉しい気持ちを感じる程度です。

それによって、自分を認められるわけでも自分が好きになるわけでもないのです。
自分を認め、好きになる瞬間は、他人からの評価の先にあるのではなく、
他人からどう思われても、自分の気持ちを大事にした先にあります。

他人から好かれて自分に嫌われるより、
他人に嫌われても自分から好かれるところを目指していったら幸せです。
他人からの何万票より自分からの一票を取りにいってください。

4.やってみることで初めて腑に落ちる

人生をハードモードからイージーモードに変えていく方法は以上です。
そんな大げさなことがあるわけではなく、環境によって人生が決まっているわけでもありません。

誰かの話を真に受けて誰かの顔色を伺って、気がつけば自分への重荷を目一杯増やしていたということです。
それが悪いという話ではなく、苦しかったらその重荷を一つ一つ外していきましょうという話です。
それだけで、今いる環境がびっくりするくらい生きやすく楽しい世界に変わっていきます。

この感覚はやる前に納得することはないと思います。
この環境が幸せなはずはない、幸せはどこか別のところにあったり自分の人生は幸せとは無縁だと感じたりかもしれませんが、
幸せは今、その環境にあるのです。

これはやってみて初めて腑に落ちることなので、
ぜひ、他人から嫌われよく思われないかもしれない怖さを越えて、勇気を出してみてください。

5.逃げることも大事なこと

ただ、もし、今の環境で誰かから責められていたり、暴言を吐かれているのであれば、
その環境から逃げることも覚えておいてください。
責められ暴言を吐かれることに我慢するのではなく、その辛いという気持ちも大事にするということです。

前述の通り、その人の考えは誰かに言われたことを真に受けることで形成されます。
それ自体悪いことではなく、何を信じるかがその人を作っているということです。

しかし、誰が何と言おうとどれだけ多くの人がそうだと言おうと、この世界に正解なんてありません。
「正解」があるのではなく、その人が真に受けた「考え」が人それぞれあるだけなのです。

それをさも正解で、そこから外れることが悪だみたいに、
誰かを責め、暴言を吐くというのはとてもおかしく滑稽なことです。
あくまでその人が真に受けただけの話なのです。

だから、自分を否定するような言葉に耳を貸さなくてもいいし、そんな言葉を聞き続けなくていい。
それこそ、そんな言葉を真に受けないでくださいね。
どんな自分でもそれでいいし、どんな自分でも価値があります。

もし、今、誰かから責められ暴言を吐かれているのであれば、
まずは、精神的に距離を取り、可能であるなら少し無理をしてでも物理的にも距離を取ってみてください。
たまたまその環境にいるだけで、一歩外に出たら優しい世界が待っていますから。

6.まとめ

今回は、「生まれてこなければよかった」という気持ちになる理由と、
そこから解放されていく方法について紹介しました。

この世界は誰も自分のことを縛ってはいないし、縛ることもできません。
唯一縛ることができるのは、自分自身です。
自分を縛っているから息苦しく窮屈で、人生にガッカリしているということです。

逆に言うと、自分で縛っているのだから自分でその縛りをほどくことができます。
少し勇気のいることですが、自分の気持ちに従った言動をしてみてください。
それだけで世界の見え方や感じ方が一変します。

ぜひ、一つ一つ行動していく中で、自分の自由を広げ、
心地よく満たされた気分で毎日を送ってもらえたらと思います。

息苦しい気持ちや理由のわからないストレスを感じるのはなぜかでも、
息苦しい毎日から抜け出す方法について話しているので参考にしてみてください。