器の大きさとは何か!読むだけで器が大きくなる話

  • 2020年4月17日
  • 2020年5月17日
  • 自信
  • 447回
  • 0件

すぐにビクビクして自分がとても小さな存在に思える。
もっと大きな人になっていきたい。
モテるには器の大きさが必要らしい。

でも、器が大きいっていったい何!?

というわけで、今回は器の大きさについて個人の見解を好き勝手に語っていきます。
器が大きいとは一体何なのか、どうすればあこがれの人のように器が大きくなれるのか
そんなところを語っていきたいと思います。

共感してもらえたり「ここはこう思うかな!?」と考えるきっかけになったりしてもらえたら幸いです。

1.器が大きいとは一体何か

何かを考える時にそのもの(今回で言うと「器の大きさとは何か」)を考えて答えを出すのもいいですが、真逆のものを考えることによって考えが整理されることはあります。
なので、少し器が小さいってどんな感じかなを考えてみようと思います。

器が小さいと感じる人って、目先のことに囚われてその時々の感情に振り回されて他人のせいにして自分自分って感じでしょうか。
抽象度を上げた言葉にすると、短絡的で思慮が浅く自分を守るだけことに必死と言えるかもしれません。

では、器が大きいとは何か。
器が大きいとはその逆で思慮深く先々を考えられて自分も守るけど相手や他の人を考えられる感じですね。
要は、自分が守ることができる対象の範囲や時間軸がいかに広いかということです。
イメージを用意しました。

<対象>

自分より他人の方が範囲が広く、他人よりこの世界・社会の方が考えを巡らせる範囲が広い。

<時間軸>

今という時間軸ではなく自分の将来、さらに自分が死んだよりも先の方が考えられる範囲が広い。

<価値観>

損得より善悪、信念や生き方の方が価値観が広い。

つまり、器が大きいというのはこの円を自分の器でどこまで汲み上げていくことができるかということです。
器が小さければ当然、自分・今・損得というところしか汲み上げられません。
すると、目先の自分の損得しか考えない器の小さな人が出来上がります。

逆に、器が大きければ、他人を含め社会全体の未来のことを自分の信念に従って選んでいけることができます。

  • 誰まで含められるか(WHO)
  • どこまでの時間軸で考えられるか(WHEN)
  • 動機付けとしてなぜそれをするのかしないのか(WHY)

といった感じです。

これらを複合的に判断することによって器が大きいのか小さいのか変わってきます。
例えば、ケチケチしている人が器小さい感じしますが、そのケチケチには子供の将来の学費のためだったり、会社だったら退職金や不景気になった時に従業員を路頭に迷わせないためだったりしたら話は変わってくるかもしれません。
人にどう思われても自分の信念に従えるというのは器が大きいですよね。

逆に、太っ腹ってただ金遣いが荒いだけだったり自己顕示欲なのかもしれません。
ちなみに、こういった「~かも」と短絡的に見ないことも時間軸や価値観の広さにつながるスタンスな気がします。

2.と言っても縛れない

そして、ここからはカウンセラー目線の話をしていきます。
器の大きさの話を聞いて、「なるほどそういう人物が器が大きいと言うのか」とわかった瞬間にそうなろうと目指しますよね。

周りや世の中のためを思い、先々のことを考えて、美しい動機を胸に自分の言動を選ぶ。
そうするとどうなるかというと悩みます笑
昔の私のように。

一つ目の悩みはそうしようと思ってもなかなかそうなれない自分に悩むことになります。
人間どこまで行っても利己主義で自己中心的な生き物です(それが素敵なのですが)
相手のためにすると言っても、相手が喜んでくれたら自分が嬉しいからやるのであって結局は何でも「自分に還元されるから」という動機じゃないでしょうか。
その自分を滅し公に奉るなんて完璧になんて無理なんですよね。

そして、二つ目の悩みはそうやって自分を押さえつけるとどんどん満たされなくなっていくんです。
幸せは「自分らしさ」にあります。
だから、器の大きな人間になろうと無理をするとどんどん幸せを感じることができない体質になり、自分はこんなにやっているのにどうして理解されないのかと苦しさを感じます。

だから、器の大きさを目指さなくていいというか、目指さない方がいいのです。

3.器を大きくしようという器の小ささ

そもそも「器を大きくしよう!」という動機は完全に自分のためでありそう考えるとその時点で器が大きいとは言えないんですよね。
ベクトルが相手を向いているのではなく自分を向いている。
しかし、それがいいじゃないですか。

完璧な器の大きさを持つ存在は仏とかそういう存在だと思います。
その仏に魅力があるとか、愛せるかというとそんなことないですよね。
完璧な存在は尊敬されたとしても愛せる存在ではなく、誰とも距離が縮まらないんですよね。

時に相手のことは考えてもいいけど一方で自分勝手で自分優先で。
それが自然でそんなキャラクターが個人的には愛されると思うし、個人的に好きですね。

4.器の小さな自分を許すと器が大きくなる

というわけで自然に自分が思うように生きたらです。
背伸びしたって不自然だし無理はたたります。

私もモテるために器の大きな人間になりたくて怒らないとか相手に寛容にするとか散々やってきました。
その結果、「俺はこんなにやっているのに!!」という不満が心の中でものすごく湧いたけど、そんなものを出したら器の小さい人間に成り下がる、とその不満さえ押し殺していました(精神状態最悪ですね笑)。
きっと相手にも器の大きな人間になろうというところからすべてバレていたように思います(恥ずかしい笑)。

それがきっかけで心のことを学んで、器の小ささや自分勝手、横柄さなどを自分に許していくことによって自然と相手の言動を許せる、というか気にならなくなりました。
器の小さな自分を許すことによって逆に器が大きくなる。
という、なんとも面白い結果になるんですよね。

別の視点で見ると「器が小さいのはダメで器が大きいのが良い」という価値観より「器は大きくてもいいし小さくてもいい」という価値観の方がより広がりと余裕がある。
さらに見方を変えると、自分の小ささを見せることによって相手も「自分が小さいところも見せてもいいんだ」と肩の力が抜けることもあります。
相手にリラックスさせるために自分の小ささを見せる、ものすごく器が大きいですよね。

5.体験でしか自分のものにできない

要は切り取り方でもあり相手の受け取り方でもあるということです。
ただ、それが「自然と自分のものになっていること」や「腑に落ちていること」がとても大事だと思うんですよね。
繰り返しになりますが、無理をしたところで相手から良く思われることもないし自分の心も荒れます。

相手や周りのことを守っていく対象だと捉え、今ではなく先々のことを考え、価値観が広いというのは自然であり当たり前になっていることが必要だと思うんです。
だから、あらゆることを経験していったらいいと思います。

「しようとしてする感謝は感謝ではない」と私は思っていて、実家暮らしで親に感謝しようと思っても本当の意味で感謝なんてできませんが、例えば一人暮らしを始めてみるとか自分も子供を産んで育ててみるという経験をしたら、そこで初めて実感を伴って親に感謝の気持ちが湧いてきます。
その状態こそがその人の器が広がった瞬間かなと思います。

別に、器は広げる必要はないのですが、体験を伴って自分が当たり前とする価値観が広がるというのはとても面白いことです。
ぜひ様々なことにトライしながらたくさんの失敗をして価値観を広げていってもらったらと思います。
そんなあなたの姿を見て「あの人器がデカいな」と感じる人が出てきます。
逆に、表面しか見ずに「偽善者だ」とか「無理してるんじゃない!?」と言われるかもしれません。
器の大きさを推し量るにも推し量る人の器の大きさが必要なんですよね。

ま、結局何を言いたいかわかりませんが、器の大きさなんかに拘らず自分の感じる「当たり前」の広がりや変化をこれから楽しんでいってもらえたらと思います
そのための冒険をいくらでもしていってくださいね。

6.まとめ

今回は「器の大きさ」について個人的な見解をまとめました。
器の大きさとはどこまで対象の範囲を広げられるかという話です。

しかし、その器の大きさの大きさを考え無理をすると、苦しさや相手に対する不満、幸せを感じない心の状態につながっていきます。

この辺も経験だと思っているので、そうは言っても器の大きさを広げようとするのもよし、自然に広がるように様々な経験をしてみるもよし、です。
ただ器が大きかったらいいなぁと想像ばかりを膨らませるのではなく何でもやってみて失敗することで自然と自分の中に大切なものが育まれるのではないでしょうか。

人生、冒険。
そんな冒険を楽しんでいってくださいね。

また、自分らしさとは何か!自信を育むために必要なことに自分らしさについてまとめているので、こちらも参考にしてみてください。