正直者が馬鹿を見るのか!正直でいる不満がすぐに消える話

  • 2020年5月2日
  • 2020年5月17日
  • 自信
  • 84回
  • 0件

自分はうそをつかず正直に生きているのに損をすることも多い。
そうなると、一体正直がいいのかある程度うまくやった方がいいのか悩みますよね。

世の中には「正直者が馬鹿を見る」なんて言葉もあるし、一体がどっちがいいのか。
この記事では、「正直者が馬鹿を見る」をテーマに一体どう生きたらいいのか、またうまく生きている人に不満がある場合その不満を解消する方法について説明をしていきます。

1.正直者は馬鹿を見るのか

まず、一番気になる「正直者が馬鹿を見る」と言われるけど本当に正直者は馬鹿を見るのかという話をしていこうと思います。
と言っても何かの統計があるわけではなく、私の独断と偏見です笑

正直者は馬鹿を見るのかについては、「正直よくわからない」というのが結論です。
短期的に見たら正直じゃない方が目先の得は得られると思います。
ただ、その一方で一番大事な信頼を失っています

目先の得を取り中長期的に損をするのではないでしょうか。
それでも手を変え品を変え場所を変え、ずる賢くやっていけるかもしれません。

2.どういう自分でありたいか

だから、損得で言うとどちらが得かとは言えないのですが、もう一つの視点を持ってもらえたらなと思います。
その視点とは、「どういう自分だったら胸を張っていられるか」という視点です。

確かに、世の中狡猾にうまく生きている人はいるでしょう。
しかし、その人が自分や自分の子供に胸を張れるのかといったら疑問です。
自分や大事な人に顔向けできない人生はたとえ得をしていたとしても気持ちよくないですよね。

心の話でよく使われる「自己肯定感」という言葉がありますが、嘘を付くほど自己肯定感は下がっていきます。
言葉で言う嘘もそうだし自分の性格をよく見せたり、認められるよう愛されるよう頑張ってみたり。
本来の自分じゃない自分であればあるほど、自分を認めにくくなります

自分っていいなぁ、好きだなぁと思えることはとても幸せなことなので、その点、自分に正直であることはとても良いと思います。

3.ごまかせばごまかす程うさん臭くなる

それによく嘘をつく人はなんとなーく雰囲気に出るじゃないですか。
うさん臭い雰囲気と言いますか。
なぜか信じられない空気感と言いますか。

私は自分の言葉の純度という意識を持っていて、どれだけ自分の言葉に嘘やごまかしが入っていないかと意識しています。
自分が思ってないことを言えば言うほど、言葉の純度は下がり濁っていく。
そして、言葉の純度が低いと自分の言葉が相手に届かないし響かない。

そんな感覚があります。
私だけかもしれないし、考えすぎかもしれませんが私がとても大事にしていることの一つです。

4.正直者と馬鹿は違う

と言っても、気を付けてほしいことは「正直者」と「馬鹿」とは違うということです。
「正直者が馬鹿を見る」というより「馬鹿が馬鹿を見ている」現象があると思います。
(言い方が雑ですみません笑)

例えば、太っている女性がいたとしてその女性に「太ってるね」というのは正直者というよりただの馬鹿です。
仕事をしていて何かの理由があってそうしなければならなかったのに、それを問い詰められた時に「言い訳をしてはいけない」と思いその理由を話さないのはただの一人よがりです。
相手の言うことを疑いもせずにそのまま聞き入れるのはただ思考停止しているだけです。

正直者と相手の気持ちを考えないことは違うし、正直者と「いい人」も違います。
ここを間違えて、ただのいい人や言われたことを我慢することによって損を被るのはそれはそうだと思います

いい人とは外面を気にして自分を守れない人のことです。
一方で正直者とは誠実に生きている人のことです。
つまり、それが事実であるなら、それが自分を守る結果になったとしても損をする結果になったとしてもその結果を引き受け、まっすぐ進むということです。

ここを勘違いして、ただのいい人でいることや我慢することを正直者だと捉え、やっぱり正直者が馬鹿を見るんだなと思うのは違います。

5.正直者に不満があるなら逆をやってみる

と、私は正直者を密かに推しているわけですが、正直者でいることに不満があるのであれば、逆をやってみることがとてもいいと思います。
つまり、目先の得を取っていくということです。

不満の感情が湧くということは、そこに窮屈さや我慢があります
その窮屈なところに自分を押し込めながら、自分に我慢をさせながら生きることは精神衛生的に良くないので、その正直者という枠から出てみるというのはとても自分の世界を広げてくれます。

具体的にどう自分の世界を広げてくれて、どんな満たされ方をしてくのについて二つ説明します。

5-1.目先の利益を追う方が自分らしいかも

一つは、もしかしたらあなたは真正直に生きることが合わず少しくらい目先の得をとっていくスタイルがしっくりくるのかもしれないということです。
そして、そのスタイルが自分に合っているのかどうかはやってみないと分からないということです。

自分が嫌悪していることが実はその姿こそが「本来の自分」はとてもよくあります。
このしっくり感が大事です。
先ほども触れた通り、本来の自分に近ければ近いほど自分を認められ満たされていきます。

つまり、もし自分が目先の得も優先したいのであればそちらが本来の自分であり、正直に生きることは本来の自分から遠いところにあるのかもしれません。
本来の自分探しは不満や違和感、うまくいかない現状、嫉妬、劣等感、罪悪感などを手掛かりにやってみることで初めて分かっていきます。
ぜひ、正直者に不満を感じるのであれば賢い言動をやってみる。
そうして、自分の選択の幅が広がった時に自分の一番のしっくりポイントを見つけるのもとてもいいです。

5-2.選択ができる気持ちよさ

逆に振ってみたらいい理由の二つ目は選択する自由を持つためです。
人は何かを選択できること自体に自由と満足な気持ちを感じられます

つまり、「正直者しか選んではいけない」という一択の中で生きることは不自由さを感じるのです。
この一択を「正直者でもいいし賢く生きてもいい」という選択の中で「正直者を自分で選んだんだ」という感覚があることで、我々は大きな満足感を得られるということです。

これも「自分は正直と賢くの両方選ぶことができるんだ」と自分に言い聞かせるだけでは意味がなく、実際に賢い言動を選んで「それもあり」と腑に落ちたら初めて自分の選択肢に追加されます
ですので、ぜひ選べる自由を獲得するために逆も体験してみてください。

6.自分の気持ちに正直であれ

最後に自分の気持ちに正直でいたらいいという話をします。
一口に正直と言っても何に正直かその対象は色々あるでしょう。
その中で、「幸せで満たされながら生きる」という意味では、自分の気持ちに対して正直でいることが必要不可欠です

自分の気持ちに正直とは、自分に我慢をさせないということであり、やりたいことをやり、やりたくないことをやらないということです。
意外にこれが蔑ろにされがちです。

言われたから馬鹿真面目にやる、こうするべきだから黙って従うというのは私は正直者だと思いません
言われたとしてもやりたくないから断る、やらないべきだけどどうしてもやりたいからやる。
(ルールを破れと言っているわけではありません)
その自分の気持ちに従っている人はとても素直で正直ですよね。

そんな人は表も裏もなく信頼できるし、自分の気持ちに従って生きている人はとても満たされて幸せです
もし、あなたが自分のことを正直者だと思うのであれば、自分の気持ちに対しても正直者でいてもらえたらと思います。
馬鹿を見たと怒りを溜めたり不満に思ったりすることが激減します。

7.まとめ

今回は、正直者が馬鹿を見るというテーマでまとめました。
ずる賢く生きて得をしていくことはできるかもしれませんが、長い目で見ると信頼を失い結果的に大きく損をするのだと思います。
損か得かという基準よりも「いかに本来の自分や自分の気持ちに近いか」という基準で生きてみてください

すると、目の前の損得がどうでもよくなるくらい心の底から満たされていきます。
そういう生き方がいいですよね。

「~とは」という「とは論」が好きな方や本来の自分についてもっと知りたい方は、自分らしさとは何か!自信を育むために必要なことがおすすめなので読んでみてください。