考えすぎる私がなぜ気楽になれたのか!漠然とした安心の作り方

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考えすぎる田舎の風景相手の表情が曇ったのはもしかして自分のあの一言を気にしたからかな。
ちょっとした失敗だと頭では分かっていてもいつまでも気になって気持ちが落ち込む。
いつも何かを心配していて気疲れする。

考えすぎる癖を何とかしたい。

今回のテーマは「考えすぎる」についてです。
頭では小さなことだと思っていても、そのことが頭から離れず、
不安になったり気を揉んだりすると、せっかくの穏やかな日常を楽しめずもったいないですよね。

この記事では考えすぎる自分との付き合い方について説明していきます。
かく言う私も、小さい頃からとても考えて心配ばかりする子どもでした。
具体的には本文に記載しますが、色んなことを考えては不安をしょっちゅう感じていました。

しかし、今、その考えすぎることが理由で人生を楽しめていなかったり、
不安や心配をいつも抱えていたり、やってしまったミスに絡め取られたりしているかというと、そんなことはありません。

考えすぎる自分とうまく付き合っていけるし、
とにかく、大丈夫という安心感を漠然と感じられるようになりました。
また、今まで神経に考え込んでいたこともどうでもよくなり、考えなくなっている自分に気づくこともあります。

ぜひ、心のベースに安心感を作っていってもらい、
考えすぎの根底にある人生を楽しむ上でのブレーキを外して行ってもらえたらと思います。
この世界を自由に楽しんでくださいね。

1.私も考えすぎる人でした

まず、私も考えすぎる人だということを話していきます。

今は、あまり考えなさそうに見られるし(わかる人にはわかるらしいですが)、
考えすぎて苦しくなることはほとんどありませんが、
私も元々色んなことをよく考えて不安になっていました。

幼稚園の頃、クラスの人とお弁当を交換するイベントがあって、
年上の人にお弁当を交換しようと言われて交換したんですが、
食べ終わったお弁当を家に持って帰った時に母親になんて言われるかが気になって、
お弁当を返してもらいに行ったことがありました。

小学生低学年の時に、親戚からのお年玉を遠慮したり、
遠足でクラスメイトが写真を取るときに全てのカメラにカメラ目線で写っているほど周りに気を張っていたり、
気を張りすぎて、アンテナが3本どころか4本立っていると親から言われたり、
よく気を張りすぎて体調を崩していました。

そして、今でも繊細というところの根っこは変わるわけではなく、
色々なことが心配になるし、様々なことに気を回し、傷つきたくないというところは変わっていません。

しかし、いきなり会社を辞めて起業したり、
自分が嫌だと思ったことや大事にしていることに反することはてこでも動かないし、
私の中の子どもの自分を傷つける人は絶対に許しません笑

昔の自分には想像できなかったことを今しています。
不思議だなと感じる反面、考えすぎることや繊細なことは自分の幸せの足を引っ張る存在ではないということです。

そして、なぜ私がフットワーク軽く好奇心に従えるようになれたかというと、
心のベースに安心感を広げていくことができたからです。
もし、あなたが今不安いっぱいで心配で動けないのであれば、
昔の私と同じように心に安心というベースが広がっていないのかもかもしれません。

ということで、ここからを心に安心感を広げていく方法を紹介していきます。

2.恐れていることが起きても「なんとかなる」を知る

心に安心感を広げていくという表現をしてきましたが、
この安心感とは何かというと、漠然と「なんとかなる」「大丈夫だ」ということを知っているということです。

頭では「なんとかなる」ということは分かってはいましたが、
その「なんとかなる」ということを体験を通して何度も経験する内に、
感覚として「なんとかなる」ということを知っていきました。

失敗したらこれぐらいの痛みなのか、
相手に嫌われたらこれぐらい嫌な気持ちがするのか、
相手の一言で傷ついたら落ち込むのか。

もちろん、今でもそんな痛みや嫌な気持ちは味わいたくありませんが、
その痛みがどんなものか分かり、それでも大丈夫だということがわかると、
それほど不安にならなくていいし、それほど気を回して回避しようとしなくてよくなります。

要は、うまくいき嫌な思いをしないから大丈夫なのではなく、
失敗して嫌な思いをしても大丈夫だし、
嫌われてても大丈夫、落ち込んでも大丈夫だということを知り、
その上で、なんとかなることがわかったのです。

考えすぎる時、失敗はしたらダメだし相手に嫌われるのは耐えられないし、
相手に傷つくことを言われることは絶対に嫌なことではないでしょうか。

「嫌な出来事を回避できるから大丈夫」という感覚ではなく、
「嫌な出来事が起きても大丈夫」という感覚になった時から、私はとても自由になりました。

3.実際に体感することで腑に落ちていくこと

だから、嫌な状況が起きてもなんとかなる、大丈夫ということを感覚的にわかっていったらいいわけです。
この感覚的に理解していくことがとても大事です。
そして、頭ではなく感覚的に理解していくためには、実際にやってみて体感するしかありません。

失敗しても大丈夫なのか分からなければ実際に失敗してみる。
嫌われてもなんとかなると思えない場合は実際に嫌われてみる(嫌われそうだから隠している”自分”を出してみる)。
自分の思っていることを否定されそうだと感じる場合は実際に思っていることを言ってみる。

そうやって実際に体感していくことによって、想像上で膨らんでいた怖さが形になります。
すると、「想像していたほどではない」ということに気づき、
「なんとかなるんだ」が体で分かっていくのです。

実は一番怖いのは想像している段階なんですよね。
実際、それが起きてしまえばそれほど大したことがないことが分かります。

そして、実際に不安や怖さに突っ込んでみて体感するときに、
ぜひ以下のことを一緒に腑に落として行ってもらえたらと思います。
これらの気づきも自分の心に安心感を広げていってくれます。

3-1.完璧でない自分でいいことを知る

一つ目は完璧でない自分を知ってもらえたらと思います。
当たり前の話ですがこの世に完璧な人は一人もおらず、完璧になることはできません。
それは、自分も同じで完璧な人ではないし完璧になる必要も完璧を求める必要もありません。

自分は「自分」でいいのです。
デコもあるしボコもあるそんな自分でいいということです。
ぜひ、この自分は自分でいいということを知ってみてください。

それだけで、この世界はとても楽で満たされた世界に変わっていきます。
自分が嫌って捨ててきた欠点を取り戻して、そんな欠点を隠さず生きていく。
その上で、相手の否定や相手から嫌われることを覚悟する。

そうやって、「自分」が否定される場面と受け入れられる場面を体感しながら、
まあ、自分はこれでいいのだという感覚を広げていってもらえたらと思います。

3-2.迷惑をかけていいことを知る

二つ目は人に迷惑をかけていいということを知るということです。
ごちゃごちゃと考えすぎる時は、自分に対する制限事項がとても多いです。

  • 失敗してはいけない
  • こういう自分であってはいけない
  • 役に立たないといけない

その一つに人に迷惑をかけてはいけないというものがあります。

しかし、迷惑はかけていいんですよね。
というか、迷惑はいつもかけている。
そして、迷惑はいつもかけられている。
お互い様だということです。

「迷惑」というととても嫌なものに感じますが、言葉を変えると「ありがたい」ということです。
それを日々、人に対して感じているだけなのです。
勝手に迷惑に変換して独りで生きないでもらえたらと思います。

以前、星の王子様(サン=テグジュペリ著)を読んだときに感じたことがありました。
星の王子様は自分の星で一本のバラを大事に育てていて、しばらくしてその星を離れ色んな星を旅します。
そして、地球に来て五千本のバラを目にした時に、とても落胆したのです。

自分が唯一だと思って育ててきたバラは唯一ではなく、多くのバラの一本に過ぎないのだと。
そこに狐が現れて王子様にこう言います。
「ここにあるバラ達と、王子様の星にある一本のバラでは意味合いが違うんじゃないか」と。
そこで、王子様は確かに意味合いが違うと気づくんですよね。

この物語を読んだときに、自分が手間ひまかけて愛情を注いだ分だけ、
その対象が特別な存在、つまり宝物になっていく。
そして、逆に、自分に手間ひまをかけて愛情をかけてもらうことは、
相手に特別な存在という宝物をプレゼントすることになるのだ、と感じました。

私たちが誰にも迷惑をかけずに身奇麗に生きたら、
それは、誰とも関わりのない誰の何でもない一人の人生です。
お互いに「迷惑」というか「ありがたい」という手間ひまや愛情を掛け合うからこそ、
お互いにとっての特別な存在になっていきます。

「迷惑をかけないで生きよう」とは何なんでしょうね笑
ぜひ、迷惑をかけて相手にとって特別な存在になりながら、
迷惑をかけられて相手に愛情を感じながら生きてもらえたらと思います。

3-3.もっと雑でいいことを知る

三つ目は人生観や仕事観、人間関係観の捉え直しをしてみてください。
人生も仕事も人間関係ももっと雑でいいんですよね。

人生とは死ぬまでの暇つぶしです。
自分の人生は特に何かをしなければならないわけではなく、これと言った意味はありません。
そして、逆に、意味がないからこそ、自分オリジナルの意味を見出してもいいということです。

仕事もこの世に必要な仕事はひとつもないと個人的に思っています。
全ての仕事がなくなっても、人類ひとりひとりが畑を耕しそれで食べていいわけですから。
そして、必要ではない仕事の中に相手が喜ぶ姿を見てやりがいや喜びを感じるのも自由です。

人間関係も嫌われないように目の前の人を引き止めておく必要はなく、
自分と合わない人には去ってもらって良くて自分と合う人が自然に残る、それが自然なんですよね。
そして、ありのままの自分で接してそれでも付き合ってくれる人にものすごいありがたさを感じる。

今、考えすぎて頭がいっぱいいっぱいになっているのであれば、その事柄の捉え方から変えてみるのも面白いです。
暇つぶしの人生で必ずしも必要でない仕事をしている。
去っていくのが自然な人間関係を無理に引きとめようとしている。

そう考えてみると、肩の力を抜いてもっと雑に人生や仕事を楽しめるし、
人間関係もコントロールしなくていいということが自然と分かっていきます。

4.実際に行動するブレーキを外す

ここまで不安や怖さは実際に体験して、
恐れていることが起きても大丈夫だったという感覚を広げていくという話をしてきました。

とは言っても、不安や怖さに突っ込んでいくことは怖いですよね。
怖さを感じる時、そこに紐づくブレーキを見つけて先に外していくと行動がしやすくなります。
ここでは、不安や怖さを実際に体験する上でのブレーキを二つ紹介しながら、その外し方を紹介します。

4-1.自己価値が落ちそう

まず、自分の価値が落ちそうということが大きなブレーキとなります。
我々が命の次に大事にしていることが自分の価値です。

だから、仕事でミスをすることで評価が落ちることや他人から嫌われることなどで、
自分の価値が落ちてしまうと思っている場合、そこにつながりそうな行動に大きな抵抗を感じます。
自分の価値が落ちたと感じることをなんとか死守しなければいけないと無意識に感じているのです。

しかし、これは、自分の価値は何かで測ることができたり、
人の価値は上がり下がりしたり、人によって違ったりするという発想から来るものです。
人の価値は測れないし、上がり下がりもしないし、みんな一緒です。

なぜそうなのかを知りたくなるかもしれませんが、そんな根拠なんてありません。
ただこの世界を心穏やかに幸せに生きる上で自分の価値をそう捉えたらいいのだから、そう捉えたらいいのです笑
物事の捉え方なんて自分の頭の中だけの話なので、好き勝手に捉えていいわけです。

このあたりについて、もっと詳細に知りたい場合は、
自分の価値とは何かという悩みに終止符!自分の価値の捉え方を読んでください。

自分の価値は落ないということを知っておくだけでいいので覚えておいてください。
何かのモノサシを使って、あの人には価値があり自分には価値がないとしているのは自分だけです。
人との価値を比べても面白くもないし幸せではないので、やめてしまってください。

4-2.昔の辛かった出来事を思い出す

二つ目のブレーキは昔体験した辛かった出来事を目の前の出来事を通して思い出したくないと感じる場合、
不安や怖さに飛び込むことが余計に怖くなります。
いわゆるトラウマと呼ばれるものです。

とても辛い出来事を体験して、その傷がまだ癒えていなかったり、
その時に言いたいことが言えなかったりすると、心のしこりとして残ることがあります。

そのしこりがあると、同じ体験をすることがより怖く感じるし、
当時言いたくて言えなかった気持ちを言うことができるような環境を無意識に用意しようとすることがあります。
次の一歩が出しにくくなるので、トラウマは適度なところまで癒してしまってください。

当時言いたかったことやわかってほしい気持ちを見つけ、
その気持ちや当時の辛さに自分が寄り添ってあげることで、だんだん過去の出来事として整理されていきます。

心を許せる友達の作り方、コミュニケーションが苦手な理由の「2.昔の傷を癒す方法」に、
イメージワークを掲載しているので、しばらくの間やってみてください。

そして、ポイントになるのは、過去の出来事が完全に気にならなくなることを目指さないということです。
「過去のトラウマが癒えていないから先に進めない」なんてことはありません。
昔の傷が疼いてもアクションを起こすことはできます。

ただ、トラウマを癒すことによってアクションがしやすくなる
というだけの立ち位置だということを覚えておいてください。
ワークを通してしばらく期間、温かい気持ちを感じたら、ぜひ勇気を出して不安や怖さに飛び込んでみてくださいね。

5.まとめ

今回は、「考えすぎる」というテーマで記事をまとめました。

まだ、起きていないことを想像して怖さを感じている段階が一番怖いです。
だから、ぜひ、嫌な体験をしたくないからこそやっていることをやめて、
恥ずかしい思いをしたくないからこそやっていないことをやってみてください。

その行動を通して、自分は自分でよかったことを知り、
迷惑という名の泥んこ遊びを人と一緒にしながらお互いが大切な存在になり、
もっと雑でいいと肩の力を抜きながら楽に生きてもらえます。

転んでも起き上がれるし、転んでも大丈夫なんですよね。
今まで、転ばぬ先の杖ばかり用意することに躍起になってきただけで。

私も、元々の性格である繊細というところは変わっていません。
だから、考えすぎて不安にもなるし怖さを感じる時もあります。

しかし、「なんとかなる」ことがわかっているし、
自分は自分でいいことが腑に落ちているし、この世界は優しいと知っています。

だから、不安になっても何の問題もないんですよね。
不安によりももっと大きな安心感という大船に乗っているような感覚です。

ぜひ、色々考えすぎてもいいのですが、
本文を参考に心のベースに安心感を広げていってみてください。
この安心感があったら色んなことは何てことはありませんからね。

それでは、最後までお読みいただきありがとうございました。

また、不安な気持ちについて、
漠然とした不安感が安心感に変わる!自分を受け入れて安心感を広げる方法にまとめてあるので、
こちらも読んでみてください。

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