出る杭は打たれる怖さを越えていく!怖さの奥にある本丸へのアプローチ

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出る杭は打たれるキリンは出てる自分を全開に出したら批判されそうだから、自分を抑えていなければ。
突出した結果を出すと攻撃の対象にされそうだから、ある程度の結果に留めておこう。
人から羨ましがられて否定されるのが怖い。

今回のテーマは「出る杭は打たれる」です。

「出る杭は打たれる」ことを恐れて、
出て行かないというのは、とてももったいない。

自分のやりたいことややれることを抑えて、
どこにいるのかも分からない「みんな」合わせているのではなく、
ぜひ、そこから一歩越えて出て行ってもらいたいと思っています。

この記事では、そんな「出る杭は打たれる」というところから一歩踏み出す後押しと、
批判や否定に紐づく心理的な抵抗を明らかにし、その抵抗を外していく話をしていきます。

詳しくは本文に譲りますが、私たちが怖さを感じるとき、
その怖さには2種類の怖さがあります。

一つは単純にその出来事が起こるのが嫌だという怖さです。
そして、もう一つがその怖さが起こることによって、
自分の価値が減ったように感じたり、やっぱりと自分の存在を確認したり、過去の古傷が痛んだり、と、
その怖さに紐づく”何か”がある怖さです。

前者の場合は、その怖さの捉え方を変えたり怖さに飛び込んで行ったりしてもらえたらと思うのですが、
後者の場合は、その怖さに紐づく何かに先にアプローチしていきます。
怖さに紐づく”何か”の得体がしれないことはとても怖いですからね。

本文では、「出る杭は打たれる」というテーマ特有の”何か”を明らかにしながら、その抵抗を外して行きます。
思い当たる節があるか考えながら読みすすめてもらえたらと思います。

1.出る杭は打たれる、それでも出て行く

まず、この記事の方向性を先に示しておこうと思います。
「出る杭は打たれる」に対して、どういう方向性をオススメしているのか。

一言で言うと、「出る杭は打たれるかもしれないが、それでも出て行くこと」をオススメします。

私たちは、日々様々な選択をして生きていますが、
その選択を「人に合わせる」or「自分の気持ちに従う」という分類分けをした場合、
私たちが幸せを感じるのは、「自分の気持ちに従う」選択をした時です。

確かに、人に合わせて批判されないことや恥ずかしい思いをしないということはあると思います。
逆に、自分の気持ちに従えば、おかしいと言われたり白い目で見られることもあるかもしれません。

しかし、私たちの幸せは、詰まるところ他人からもたらされるものではありません。
批判されないことや周りにどれだけたくさんの「友人」がいるかではないのです。

私たちの幸せは、自分がいかに自分の気持ちを否定せず採用できたか。
自分の本来の姿や素の自分を、自分が受け入れてあげて周りに表現できたか。
これによって、私たちの幸せは決まってきます。

満たされている状況のはずなのに、心には穴が空いている気がするというのは、
「人に合わせる」か「自分の気持ちに従う」かという選択をする時に、
自分の気持ちをないがしろにして、人に合わせるという選択をしているということです。

だから、出る杭は打たれるかもしれないと感じた時にも、
勇気を出して自分の気持ちに従うという方を選んでもらえたらと思います。

「出る杭は打たれるかも」と感じた瞬間に、
本当にやりたいことは「出る杭は打たれるかも」と感じていることだし、
それをやったら「出る杭」になれるとうっすらわかっているということです。

人から批判されたり否定されたりすることは、嫌なことですが、
それでも出る杭として出ていってみてください。

自分を抑えることにあまりメリットはないし、
自分の人生を考えたときのデメリットはとても大きいです。

2.出る杭は打たれる怖さに紐づくもの

それでは、冒頭に紹介した怖さに紐づくものの正体を明らかにしていきます。

人が怖さを感じるときや何かをするときに強い抵抗を感じるとき、
ただ怖いだけでなく、ただ抵抗を感じるだけでなく、
その怖さや抵抗の気持ちに、あなたにとって大事な”何か”が張り付いていることがあります。

例えば、人の評価と自己価値が結びついている場合、
人から批判されることは、自分の価値が低下するとその人は捉えます。
すると、批判はただの批判に留まらず、自分の価値がなくなってしまうという重大な事態に拡大してしまうのです。

もしかしたら、何かに強い恐れや抵抗があるのは、そこに”何か”が紐づいている可能性があります。
「出る杭は打たれる」に関しても、この”何か”に該当する例を挙げ、
“何か”を「出る杭は打たれる」から分離していきます。

2-1.自己価値

まず、一つ目は上記の例にも出した自己価値です。
自分に対して自分はどれぐらい価値を感じているか、という感覚です。
これを人の評価と結びつけることがあります。

自己価値を人の評価・批判と分離するには、人の価値の捉え直しをしてみてください。
どう捉え直すのかというと、「人の価値は上がりもしないし下がりもしない」という価値観にです。

誰かから評価されなかったから自分の価値は下がったり、
人の役に立ったから自分の価値は上がったりするものではないということです。

もっと言うと、人の価値はみんな一緒です。
どれだけ評価されている人もされてない人も、何が出来る人も出来ない人も、
役に立っている人も役に立っていない人も、全員、人の価値は一緒なのです。

その上で、人から評価されると気持ち良かったり、
何かができるようになることが楽しかったり、
役に立ってありがとうと言われることが嬉しかったりするだけです。

そして、時にそんな人を崇めたり上下を作ったりする人がいるだけの話です。
そこに付き合わなくていいし、付き合わない方が楽しく幸せです。

ぜひ、人の価値とはそんなものなんだなと捉え直しをしてみてください。
評価されるかどうかが過度に大きな事柄ではなくなり、評価が等身大の大きさになります。

2-2.昔の古傷

出る杭は打たれるに張り付いている可能性のあるものの二つ目は、「昔の古傷」です。

突出した結果、批判された過去の出来事が今もジュクジュクと痛む場合、
目の前の批判はただの批判ではなく、過去の辛かった痛みを思い出させるトリガーになります。

今も覚えている「あの痛み」を再度味わう可能性があるので、
批判されることは恐ろしく怖いことになります。

昔の古傷に関しては、外気にさらしてかさぶたにしてしまってください。
痛いから見ないようにしていると、いつまでもジュクジュクの状態のままになります。

そこから目を背けるのではなく、しっかり目を向けて自分自身がわかってあげてください。
わかってあげるのは、下記の気持ちです。

  • 辛く痛かった気持ち
  • なんと言われているようで悲しかったか
  • その時、何と言い返してやりたかったか
  • 本当は、何と言って欲しかったか

これを自分自身がわかってあげて、受け入れて行くと、
昔の古傷は「昔の出来事」として整理がつくようになります。

この昔の古傷がまだ癒えていない状態を、
インナーチャイルドが癒えていないなんてよく表現することがあります。

古傷やインナーチャイルドの癒し方については、
幸せになるためのインナーチャイルドの育て直し方に詳しく記載しているので、
参考にしてみてください。

2-3.受け入れられない人・嫌われる人という認識

出る杭は打たれるに張り付いている三つ目の可能性は、
「受け入れられない人」「嫌われる人」だと自分のことを認識しているということです。

人は、誰しも自分はこういう人だという認識を持っています。
この認識が幸せなものだったりフラットなものだったりしたらいいのですが、
時に、ネガティブな認識を持っている場合もあります。
受け入れられない人、嫌われる人、愛されない人など。

そして、この認識が目の前の出来事によって突きつけられると落ち込むので、
なるべく見ないように見ないように回避したくなります。
出る杭が打たれた瞬間に、「やっぱり受け入れられない」「やっぱり嫌われた」と再確認するのが嫌なのです。

しかし、面白いもので本当は嫌なのだけど、再確認したい気持ちも無意識に持っていることがほとんどです。
口内炎が出来て、まだ痛いかなと舌で触ってみて、やっぱり痛いと再確認するアレと一緒です。

上記で「出る杭は打たれる、それでも出て行く」と説明しましたが、
もしかしたら、出る杭になって打たれながら、受け入れられない自分を確認しているのかもしれません。

結果的に出る杭になるのが、やりたいことをした結果なのか、
自分の認識を確認したいのか、客観的に自分のことを見分けることは難しいのですが、
どちらにせよ、先に、受け入れられない・嫌われるという認識を変えてしまったらよいです。

自分への認識を変えた結果、批判されることがただの批判に変わるのか、
今までやろうとしていたことが本当はやりたくないことだと気づくのかの違いなだけです。

自分への認識の変え方は下記です。

  1. 受け入れられない人・嫌われる人であることを認める
  2. 受け入れられている人・好かれている人である「ということにする」

受け入れられない人を確認するのが嫌だと強く思っているということは、
受け入れられない人に強くフォーカスが当たっているということです。
受け入れられない人を認めることによって、自分のフォーカスがフラットになります。

そして、受け入れられている人「ということにする」ことで、
受け入れられている人を確認する出来事が目の前に起こってきます。

「ということにする」というのがポイントで無理にそう思い込む必要はありません。
とりあえず、仮で「そういうことにしておく」という感覚で仮決めしておいてください。
受け入れられている出来事を目の当たりにして、段々と自分のフォーカスが変わって行きます。

3.「出る杭は打たれる」の捉え方

以上が、「出る杭は打たれる」や批判に張り付いているものです。
これが全てではありませんが、多くの方が該当する代表例を挙げました。

この恐れに紐づいているものが解消されたら、あとは怖さに飛び込んでいこうという話なのですが、
飛び込む上での敷居をもう少し下げるために批判に対する捉え方を変えてみるというお話をします。

3-1.批判の数だけファンがいる

まず、批判の数だけファンがいるということを覚えておいてください。
そもそもなぜ批判するのか、一言で言うと羨ましいからです。

突出しているあなたや突出していくであろうあなたが羨ましい。
私はこんなに頑張っているのに結果が出ないのに簡単に結果を出していそうに見えるあなたが、
単純に羨ましいのです。

そして、その羨ましさが嫉妬に変わり批判したい気持ちになります。
逆に、その羨ましさが素直に出た人がファンになるのです。

そして、何をやるにしても大事なのはファンの方です。
ファンの絶対数だけが大事になっていきます。

批判もないがファンもいない状態では何も始まっていきません。
どれだけの批判があろうとファンがいたら、あなたのやりたいことは前に進んで行くのです。

だから、出る杭は打たれるを実感するたびに、
この人たちは羨ましいんだなと転換するとともに、
同じだけのファンを想像してうまくいっていると捉えてみてください。

3-2.人間関係は自分で選ぶ

多くの方は「みんなと仲良くしなさい」と親に教えられてきたと思います。
人は、親の教えをそのまま自分のルールにしていることが多いです。
しかし、そのルールが生きにくいものだったら、自分のルールをどんどん変えていったらいいのです。

今回のテーマについても一緒で、批判する人とは付き合わなくていいということです。
誰と付き合い誰と付き合わないかを、自分の好き嫌いで勝手に決めてしまってください。
なぜ、批判の言葉を聞き続けなければならないのか、そこに的を射た理由なんてありません。

イメージとしては、日々数多くの人が向こうからやってきて自分を通過していく、
多くの人は通り過ぎてしまうかもしれないけど、その中で自分と合う人を見つけてその人と付き合っていく
という作業を毎日している感覚です。

それを無理に相手に合わせて自分のところに留まってもらおうとしたり、好かれようとしたりしなくていい。
ただただ通り過ぎてもらったら良くて、
自分が自然にしていても合うという人とだけ関係を作っていったらいいのです。

そうやって関係を作っていったら、
もしかしたら自分の周りには同じように突出して話が合う人ばかりになっているかもしれません。
批判をする人に合わせるより、そんな人と一緒の時間を過ごしたら楽しいですよね。

4.まとめ

今回は、「出る杭は打たれる」をテーマに出る杭に紐づく心の話と、出る杭の捉え方について話をしました。

冒頭でも話しましたが、誰かに批判されそうだからそれを引っ込めてしまうのはあまりにももったいない。
何をしてても何をしてなくても、言いたい人は言うし、
その無責任は言葉によって自分の大事なものを捨ててしまうのは悲しいことだと思います。

ぜひ、自分自身や自分のやりたいことを表現して、
満たされた感覚を日々味わってもらえたらと思います。

批判をする人以上に、同じように出る杭として打たれている人がいる。
そんな面白い人がいる世界に飛び込んで、楽しく関係を作っていったら楽しいと思います。

ぜひ、出る杭として目立ってもらえたら。

また、批判というより人が怖いと感じている場合は、
人が怖いと感じる理由と人が怖い気持ちを手放す方法も読んでみてください。
もしかしたら、”人”が怖いのではなく、”自分”が怖いのかもしれません。

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