個性がない悩みがなぜ自然と笑い話になったのか

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個性のないアルパカ比較的何でもそつなくできるけど、これといったものがない。
特徴のない自分はつまらなくて、薄っぺらいのではないか。
周りの友達はもっとキャラが立っているのに。

自分には個性がない、と悩んでいる方に向けて、
「個性がない」という漠然とした「これでいいのだろうか」という思いと
どう向き合っていったらいいのかについて、解説してきます。

という私も、ついこの間まで、自分は個性がないなと思い、
明確な何かを探していました。

しかし今は、明確に何って言えないけどきっと自分にも個性があり、
それを明確に捉えていなくていいか、という悩みが悩みでなくなった状態となっています。
仲間内では俺の個性がない発言は笑い話です。

「個性がわからない」という漠然とした「これじゃダメだ」という思い
や自信のなさの解消の参考にしてみてください。

1.個性のなさでカルチャーショックを受けた学生時代

私も、個性のない人間だという思いをつい最近までずっと持っていました。
しかし、それは小さい頃からずっと持っていたわけではなく、
大学生になって遭遇した出来事がきっかけでした。

その出来事とは、大学生になって出来た友達との出会い。
当時仲良くしていた3人のキャラが濃くて濃くて。

一人は、8歳上で世界を2年ぐらい放浪するバックパッカーで、
学校にジャージ姿ギターを持って、構内の芝生の上で大の字になって寝てるような人。
もう一人はものすごく自己中心的で自分のやりたいこを絶対押し通すし、主張が激しすぎて。

もう一人は元々台湾人で日本に帰化していて、小学生のときそのことでいじめられたから
筋トレをしまくって逆にいじめっ子を追い回す。
バカとからかわれて悔しかったから、学年で一番になるほど勉強をする。
なんというか、パワーが服を着て歩いているような人。

そんな奴らが授業中も昼休みも放課後も喧々諤々の議論をしている。
全然、話に入っていけない俺。

その時に思ったわけです。
自分は勉強しかしてこなかったのだな、と。
とても小さい世界で生きてきた自分に気づいたのです。

まさか、日本にいながらカルチャーショックを受けるとは思っていませんでした。
当時、この仲間に会うと自分の没個性が疼き、ひとりでいたいなともよく思っていました。

ただ、今、振り返ってみると、
この仲間以上に個性的でキャラが濃い人たちに未だ出会ったことがありません。
きっと、変わった奴らが集まっていたのでしょう。

これが、自分には個性がないと考えるようになったきっかけです。
今、考えるとこの時にカルチャーショックを受けて良かったなと思っています。
自分の人生や生き方を真剣に考えるきっかけになったので。

では、ここからどうやって私が「個性がない」ひいては
「自分はつまらない」「薄っぺらい」という悩みを解消していったのかという話をしていきます。

2.個性がない悩みが”ネタ”なるまで

私自身、個性がないという悩みを10年くらいかけて細く長く持っていたわけなのですが、
その悩みの解消は決して個性的な自分になったわけでも、
人に説明できる個性を見つけたわけでもありません。

「問題の本質はその問題にはない」のです。

私の場合、この問題の本質は、「個性がない自分」の下に張り付いている
「こんな自分じゃダメだ」「こんな自分だから自信が持てない」という思い込みにありました。
要は、自分否定をしていたのです。

この自己否定を形になって現れたものの一つが「自分には個性がない」というものだったのです。
だから、アプローチすべきは「個性がない」という表面的な問題ではなく、
その下にある「こんな自分じゃダメだ」という自己否定の方です。

当時、ここまでわかっていたわけではなく、たまたまのタイミングで心のことに向き合うことになり、
「こんな自分じゃダメだ」という根底を、
「まぁ、この自分でいいか」というか「自分って何か素敵だな」に変えていきました。

すると、個性があるかないかというのは、結局どっちでもいいという結論に至ることができました。
個性がある自分もいいし、個性がない自分もまた面白い。
「自分」という人を判断するときに、個性や能力、結果などなど、そんな表面的なものを判断の材料にしなくなったのです。

こうなると、「個性がない」というのはただの”ネタ”で、
どうでもよい話になり悩みが悩みではない状態となります。

そして、「自分は個性がない」という話をすると、周りからは決まって「いやいや、個性的だから」と言葉を返されます。
これも後述しますが、自分には見えていない個性というものがあるのですよね。

3.「個性がない」に張り付いている自己否定をやめる

と、ここまで、長々私の話をさせていただきましたが、
「個性がない」と悩んでいる方の心の仕組みは大体私と同じなのかなと思います。

カウンセラーとして、悩み相談を受けるときに、
この悩み・問題の下にある根本的な原因・問題は何かを話を聞きながら、
いくつかの仮説を立て、検証していきますが、

「個性がない」に関していえば、私と同じように大きくは「自己否定」が張り付いているのではないでしょうか。
という、仮説の元、この自己否定をどうやってやめるのかという話をしていきます。

自己否定を辞めていく方法を簡単にまとめると、

  1. このままの自分でいいと自分に語りかける
  2. 自分が否定している部分、嫌って隠している部分を表現してみる

1.については、自己肯定を妨げるブレーキの外し方に詳しく書いてあるので割愛します。

2.の自分が否定している部分や隠している部分を表現するについて、
私たちは、親や学校・社会の教えによって、人とはこうあるべき、
社会人はこうするべきという正解形を持って生きています。

  • 本当は会社の今後の展望には興味がないけど、一応意見は出しておこう
  • 人とはやりたいことを持ち、情熱を持って生きるべきだ
  • 一通りの能力は備え、苦手は克服しなくてはならない

この「こうするべき」を守ることによって、他人からは批判されることはありませんが、
自分に対して「そんな自分じゃダメだ」というメッセージを送り続けていることになります。
「向上心」というと聞こえはいいですが、「ありのままの自分を否定している」と言い換えることができます。

そして、この自己否定や向上心を続けていっても「完璧な自分」というものは訪れず、
「もっともっと」「まだまだ」という気持ちの方が膨らんでいくのです(経験者談)。

だから、苦手を克服するのではなく、得意を伸ばすのではなく、
方針を180°切り替えて、変えたいところをそのまま表現してみてください。

  • できないことをできないという
  • 弱い自分をさらしてみる
  • やりたくないことをやりたくないという

その一つ一つが自分に対する「そのままでいいよ」という大きなメッセージになります。
すると、自分を否定する気持ちがいつの間にか、「このままでいい」に変わっているのです。

4.曖昧で漠然的な個性を目指す

個性に張り付いている根本的なところは以上で、ここからは個性について話していきます。

私も昔は、一言で表現できる個性というものを探していました。

  • 世界を放浪してきた直情男
  • 自己中心の極み自分オンリー男
  • 不屈のパワーゴリ
    (↑私の大学時代の友達のことです笑)

しかし、そういった一言で表現できる個性を求めると苦しくなる。
それは、言葉にできる個性を求めた時点で、ありのままの自分から遠ざかってしまうからです。
無理して「個性的」を作ることになり、自分より個性的な誰かが現れるたびに更に無理をしていかなければなりません。

だから、一言で表現できない曖昧で漠然な個性。
そんな個性を認めていけばいい。

そもそも、個性とは相対的なものです。
今、個性的だと思う誰かも、世の中そんな人ばっかりだったら個性的ではなくなります。
個性的でないと感じている自分も、自分と違う人から見たらだいぶ個性的だったりするのです。

「自分の個性とは何か」「自分は何者か」
それを一言で言えるほど、自分は単純なものではないし人は一面しか持っていないわけではありません。

だから、自分の個性や自分らしさを明確に見つけるのではなく、
曖昧に、どこかに個性はあるらしい、自分はこれで自分らしさがあるらしい、
それでいいのではないでしょうか。

5.”普通”を認める・”変”を認める

5-1.普通を認めると見えてくる個性

上記で、曖昧な個性でいいという話をしましたが、
個性は求めれば求める程、見えなくなります。

これは個性に限った話ではありませんが、
欲しい何かを求めれば求める程、今自分の手元にあるものが見えなくなったり、
求める基準が上がって、心が満たされない状態になったりします。

だから、欲しいもの、今回の場合だと個性というものを一旦諦めてみてください。
「普通でいい」「普通の人として生きていく」ということを決めるのです。

すると、おや!?意外にこんなところに個性があった。
こんなことを面白いと言ってもらえたなど、「個性」を目の当たりにする機会が多くなってきます。

そして、あなたが個性を得ることによって求めている”何か”は、
その個性がなくても得られることを覚えておいてください。

個性的になれば、

  • 面白い人だと思われる
  • 人気者になれる
  • モテる
  • 稼げる
  • 周りから認められる
  • みんなから愛される

というものは、個性があったら得られるものではないし、
個性がないから得られないものでもありません。

長くなりそうなので、詳細は割愛しますが、
この個性の下にある「本当に欲しい状態」はすでに実現できている、
すでに認められているしすでに愛されているのだ、ということにしてしまってください。

すると、後からその事実を目の当たりにします。

5-2.変に思われたくないから切り捨てた個性

個性個性と言いながら、実は自分で捨てている個性もあります。

個性とは、言い換えれば「人と違うところ」であり、
少し嫌な言い方をすると、「変なところ」です。

変に思われるのは恥ずかしいから、出さないでおこう、黙っておこう、
と、自分から切り捨ててしまうことがあります。

「この天気がいい日に構内の芝生の上で大の字になって寝てみたい。
でも、変だ、白い目で見られるからやめよう。」
それが普通で、決して芝生の上で寝ることを勧めるわけではありません。

しかし、自分で捨ててしまっているかもしれないということを覚えておいてください。

また、芝生の上で寝なくてもいいけれど、
ぜひ、自分がやりたいな、興味があるなと思ったことは人と違ってもやってみてください。

それをやりたいと思う、それに興味を持つ。
それ自体人それぞれで、それこそ個性なのではないでしょうか。

そこには、他人からの目やそれをやっていく上での怖さがつきまとうかもしれませんが、
自分オリジナルな人生を気持ちよく歩める。

そして、自分のやりたいことや人と違うから封印してきた自分を表現することで、
「自分はこれでいいのだ」という自信が芽生えてきます。

変人になろうということではなく、
自分の本当にやりたいことや自分の核となるような大事なことは主張してみてください。
それが個性でとても面白いところです。

6.まとめ

今回は、私の話が入ったり個性から少し離れた話もありましたが、
「どんな自分でこれでいいのだ」ということが分かったら、
個性での悩みは悩みではなくなっていきます。

そして、一言で言い表せる個性ではなくても、すでに個性的ですからね。
考え方・感じ方・興味、やりたいこと、全く同じ人はこの世にいないし、
私がカウンセリングで話を聞くときも、その人の世界観・感じ方をものすごく興味深く聞いていて、
人それぞれ全員違うというところにおもしろさを感じています。

また、個性で悩むっていうのも個性的ですからね笑

私も自分探しはたくさんしましたが、自分は元々ここにいたんだな、
と、色々なことに触れながようやく着地しました。

着地点はそれぞれ違うかもしれませんが、
大いに悩んで自分を探しながら楽しんでもらえたらと思います。
そして、その冒険とたどり着いた先の話を聞けたら、面白いなと感じています。
いつか機会があれば聞かせてくださいね。

また、私もずっと大きなテーマだった自信について、
記載した以下の記事も参考にしてみてください。

成功体験ではなぜ自信がつかないのか本当の自信をつける方法

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