気にしない方法はない!自然と気にならなくなる心の根本へのアプローチ

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気にしない方法ばあちゃんあの人の嫌がらせが気にならなくなったら心穏やかに過ごせるのに。
あの人と比較して落ち込む、あの人と比べないようになったらいいのに。
人の目が気にならなくなったらいいのに。

「気にしない方法がわかったらいいなぁ」

ということで、今回のテーマは「気にしない方法」についてです。
ですが、先に結論を言ってしまうと、「気にしない方法」なんてものはありません。
なぜ、気にしない方法はないのかについては本文で解説しますが、
気にしないと思った時点で気にしてますからね。

だから、気になるものは気になるでいいのです。
その上で、なぜ気になるのか、気になる気持ちにはどういった心の偏りがあるのかを探り、
「気になる」という気持ちの土台のところを整えると、気にしていたことを忘れている自分に気づいたりします。

ぜひ、気にする気にしないというところにとらわれて一喜一憂するのではなく、
本文を参考にその心の土台のところにアプローチしてみてください。

気の持ちようで無理やりなんとかしようとするのではなく、
自然と楽に心地よく感じていってもらえたらと思います。

1.気にしない方法はない

冒頭でも少し触れましたが、何かを意識的に気にしないようにすることは人間にはできません。
よくある話として、「ピンクの象だけは考えないようにしてください」と言われると、
ピンクの象を想像してしまうのと一緒です。

気にしないように意識しても、脳みそは否定形を理解できないのです。
「気にしない」を実行するのではなく、気になることをイメージした後に、
それを気にしてはいけないと後付けで頭で考えるということです。

だから、否定形の言葉を使わずに肯定の言葉として、
「○○を考えよう」と脳の仕組みに合わせて思考しようとするのですが、
それも、結局は気にしていることから遠ざかりたいだけで、気になることは気になるわけで。

そんなこともしなくていいんですよね。
そもそも、その気になることの根本にアプローチして、
その事象自体が気にならなくなったらもっともっと自由で楽です。

上辺で対処しようとするのではなく、
その根本に目を向けて、根本から解消してしまったらいいです。
以降で、気になることの根本へのアプローチ方法を紹介していきます。

だから、上辺の対処は諦めてみてください。
「気にしない気にしない」「考えちゃダメだ考えちゃダメだ」その考え自体が大変で不自然です。
もっと楽に、気になることは気にしていい、自分の考えに浮かんでくることは考えていいと自分に許してみてくださいね。

2.気になることの根本へのアプローチ

気になることは気になっていいのですが、
一方で同じ状況でもその気になる対象が気にならない人もいます。

例えば、人と話しているとき、他人と比べて自分はダメだと感じるから他人を気にしないようにしたいと思う一方で、
人と話していても他人と比べず、他人が気にならない人もいる。
この両者の違いは、その出来事に対して心の”何か”が反応するかどうかの違いです。

気になる人は他人と比べて劣等感を感じたり、コンプレックスが疼くから他人といることが気になります。
逆に、人といることが気にならない人は、優劣があるのではなく人それぞれ特徴があり、
違っていて当たり前だと思っているから、人と比べて自分をダメだと思うこともないし、
そもそも人と比べるという発想がありません。

この心が反応する”何か”を解消してしまえば、
他人が気にならない人と同じように、自分も人といることが気にならなくなります。

3.心が反応する”何か”とは

では、ここで自分が「気になる」と執拗に感じるとき、何が心の中で反応しているのかを列挙していきます。

3-1.劣等感

自分は劣っていてそれがダメだと感じていると、
自分より優れている人に対して萎縮するし、劣等感が刺激されてとても苦しい気持ちになります。

3-2.罪悪感

相手に申し訳ないという気持ちが大きいと、
いつも自分より他人を優先していないと落ち着かず、自分を大事に扱うことに苦しさを感じます。

3-3.無価値観

そもそも自分に価値がないと思い、そんな自分を責めていると、
自分に価値がないと感じる状況に直面しないように気を配り続け、息苦しさを感じます。
また、自分の無価値に感じる出来事に直面することで苦しさを感じます。

3-4.前提

前提というのは、自分をそもそもどういう人だと認識しているかということです。
この認識が自分にとって都合がよいものならいいのですが、
「自分は嫌われる人」など避けたい認識を持っていると、
自分の前提が突きつけられる場面に直面すると「やっぱり」と、とても落ち込みます。

他にも心が反応する要素はあるのですが、多岐に渡るため割愛します。
こういった苦しさを避けたいから、気にしないようにしようとしたりするのですが、
心は確実に反応して気になっているので、気持ちの持ちようではどうにもならず気になるのです。

4.心が反応するモノを解消する

それでは、ここから上記の心が反応する要素について、どうやって解消していくのかについて説明していきます。

4-1.劣等感

劣等感というのは劣っているかどうかが問題なのではなく、
自分が劣っていると感じ、その劣っている自分にダメ出しをしていることが苦しいのです。
そして、その苦しさから逃れるために、自分を優位に成長させ何かを身に付けようとする。

しかし、中々上には上がいるものだし、
ある分野でトップを取れたとしても、別の分野では初心者だからまた劣等感を感じる。

劣等感とは、優れているか劣っているかではなく、
劣っていると感じるその感覚、そして、それではダメだと思う考え方から生まれます。

だから、まず、人よりできないことがあったり人と性格が違う自分を受け入れてみてください。
できることがありできないことがある。

それは全ての人に共通します。
劣等感を抱いているのは、自分のできるところを無視してできないところを問題視しているからです。

人間なんて誰も一緒なのです。
自分だけできるように、欠点がないようになんて思う必要はなく、
みんな欠点があるように自分にも欠点があっていい、と許すということです。

表現を変えると、できないところ、持っていないものを諦める、開き直るということです。
できないことが問題で、そんな自分がダメなわけではありません。
自分の欠点を笑って、相手の欠点を慈しんで仲良くやっていったらいいだけです。
ぜひ、自分や相手の欠点を愛してみてください。

また、人はある分野の出来不出来をモノサシにして、人の価値や存在意義を図るところがあります。
何かをモノサシにすると、他人と優劣ができたり、
自分の価値や存在意義を保つために、モノサシの目盛を保ちたくなったりするので、
ぜひ、そのモノサシと自分の価値や存在意義は結びついていないことを覚えておいてくださいね。

4-2.罪悪感

罪悪感の根本をたどると、「母親を幸せにできなかった」という罪の意識に結びつくことがあります。
もし、これを読んでいるあなたが母親を幸せにできなかったという申し訳なさを感じていない場合は、
この章の後半まで、少し読み飛ばしてくだい。

母親を幸せにできなかったと感じ、そこに罪の意識を感じていると、
自分が一人で幸せになるわけにはいかないし、その罪に対する罰を自然と自分に課すようになります。

しかし、幸せとはそもそも何なのでしょうか。
答えを言ってしまうと、「幸せとは感じ方」です。
与えられた環境や何をしてもらえたかではなく、今の状況に幸せを感じられるかどうかということです。

つまり、「母親を幸せにできるのは母親だけ」だということであり、
あなたがどんな人でどんなことができようと、他人を幸せにすることはそもそも無理な話なのです。

また、「母親は幸せでない」という決めつけがあなたの中にあります。
確かに、お母さんは「あなたがいなければ離婚できたのに」と言ったかもしれません。
いつも、大変そうな顔をしていたかもしれません。

しかし、それによって母親は幸せではないということにはなりません。
その時は、大変だったかもしれないけれど、ずっとではないかもしれない。
記憶とは断片的に自分の都合のよいように繋ぎ合わされます。

もし、今、お母さんが幸せでないと感じるのであれば、あなたが今幸せでないのかもしれません。
自分の気持ちを相手に映し出しますからね。

だから、先に自分だけ幸せになってしまってください。
幸せになった自分からお母さんのことを眺めてみてください。
きっと今と違った印象に感じると思います。

まとめると、他人を幸せにすることは物理的に不可能なので、そこに対して罪悪感を抱くことは見当違いであり、
幸せなお母さんを不幸だと思い込んでいたかもしれないということです。
もう、いいじゃないですか、お母さんのことはお母さんに任せて、自分の人生を生きてみてください。

<母親への罪悪感がない場合>

そして、お母さんとの間に線を引いた上で抱く罪悪感や、
母親への罪悪感を抱いていないけれど日々疼く罪悪感については、
「そんなものゴミだ」と割り切ってみてください。

あなたが幸せになることや自由に何かを選ぶことに対して罪悪感を抱いたとしても誰の何の役にも立ちません。
私だけと罪悪感を抱くとき、相手に対して、相手が幸せになれるのはこれぐらいだろうという値踏みをしています。
自分は恵まれていて、相手は残念だと相手を舐めているということです。

要は、相手に対して失礼なことをしているのです。
相手は相手で幸せになれるし、恵まれているし、満たされている。
それを、あなたはなんかかわいそうと相手を下に見ています。

こんな罪悪感のどこに意味があるのでしょうか。
だから、罪悪感なんてゴミなのです。
もし、あなたが幸せになれるなら、相手を舐める前に幸せになってみてください。
話はそれからです。

4-3.無価値観

「自分にどれくらい価値があると自分が認識しているか」という自己価値の認識は命の次くらいに大事なことです。
この自己価値がないように感じる出来事が目の前に現れると、
自分の存在が脅かされるようで、また、あなたは無価値だと言われているようでとても気になります。

これも、「自分が無価値なのではないか」という認識から来る感覚です。
だから、自分には価値があるように感じましょう、というのも一つのお話ではあるのですが、
人の価値の定義自体を変えてしまったほうが、話は簡単です。

それでは、ここで人の価値とは何かを考えてみてください。
持っている能力や社会貢献、学歴や影響力、人気、人の価値は何で決まるのでしょうね。

私は、人の価値はみんな一緒だと思っています。
今生まれた赤ちゃんも明日死んでしまうおじいちゃんも、
何かの偉業を成し遂げた人も一日中寝ていた人も、その価値は同じで、
そして、何をしようとも上がることもないし、下がることもない。

そんなものが人の価値です。
能力や貢献、そんな陳腐なもので人の価値は変わらないし、全員一緒なんですよね。
刺激のないつまらない捉え方ですが、でも、そんなものだと思います。

だから、逆に、無価値、有価値という概念も存在しません。
自分が無価値だというならこの世の全員は無価値であり、
この世の誰かに価値があるのなら自分にも価値がある、そんな言葉上の遊びみたいなものです。

だから、自分の価値を上げようなんてしなくていいし、
何をしたら自分の価値がなくなってしまうなんて考えなくていいということです。

仕事などで、仕事ができる人に価値があってできない人には価値がないなんて風潮の会社もあるかもしれません。
しかし、そんな小さな価値観に自分が付き合わなくてもいいのです。

仕事といえど、所詮仕事。
別に、趣味となんら変わりません。
それで自分の価値が上がるわけでも下がるわけでもないのです。

自分の価値にはどんなことも影響を与えない。
そんな大船に乗った気分でいてもらえたらと思います。

4-4.前提

最後に、前提について。
自分の認識したくない人物像を確認すると傷つく。
だから、自分がそういう人物なのかどうかが気になるし、
周りからそう思われていないかが気になる。

この「自分は一体どういう人物なのか」という揺れ動きによって気になっていくわけですから、
もう、自分はそういう人間なんだと、自分が嫌がっている人物像を受け入れてしまってください。

バカでアホで、空気が読めなくて傲慢で、
そうなりたくない、そう思われたくないと頑張ってきたわけですが、
もう、それでいいやと諦めるということです。

そんな自分にもマルを出し、そんな自分であっても自分を可愛がっていく。
すると、周りの目や目の前の出来事が気にならなくなります。

そして、気にならなくなっていくと、
自分がそういう人物ではなかったということに自然と気づくのです。

白い砂浜に黒い石があってはいけないと感じ、黒い石を見つけては排除しようとすると、
黒い石の多さに嫌気がさし、この砂浜は黒い石ばっかりじゃないかという気持ちになります。
しかし、もう、黒い石もあってもいいやと諦めて、パッと砂浜を見渡すと、その砂浜の白さに驚きます。

それと同じで、自分の中にある黒い石をどうにかしようとせず、
その黒い石があることも受け入れてみてください。
その黒い石がある今の状態が完成系です。

そして、この順番も覚えておいてください。
黒い石があることを許すと白い砂浜だと感じることができるという順番です。
黒い石があることを受け入れず、白い砂浜だと思おうとしても黒い石が気になるのです。

だから、先に、認めたくない人物像を認めてしまってください。
すると、自然と真逆の人物像に気づくことができます。

5.嫌なことは嫌でいい

以上が、心の土台へのアプローチです。
自分の心を整えて行くことで、日々の生活で感じる気になることは極端に減っていきます。
しかし、それは今目の前にある嫌なことを我慢して、自分の心をなんとかしようということではありません。

例えば、あなたが嫌がらせをされていて、
確かに、それが気にならなくなれば、何も問題なく気持ちよく過ごせるかもしれません。
しかし、あなたはその嫌がらせが嫌だと思っているし、現に気になっています。

その自分の気持ちを無視しないでください。
気にしない、何も感じないように自分を持って行ってしまうと、
全ての感度が落ちていきます。

嫌なことや悲しいことだけではなく、嬉しさも楽しさも幸せも感じなくなります。
心や感じ方はコントロールするものではないのです。

ちゃんと嫌だという気持ちを感じて、その状況から自分を守る。
それは、波風を起こすことかもしれないし、その場から逃げることかもしれません。

そうやって、自分を大切に守ってあげてください。
目の前の環境や他人の評価、頑張ることや目標達成、そんなことはどうでもいいことです。
この世で唯一大切なことがあるとすれば、自分が自分を守ってあげることです。

それを、「気にしなければいい」「気になっている自分が悪い」というように、
自分に我慢をさせることで終わらせないでください。

嫌なことは嫌でいいし、
○○と言われているような気がするから辞めてほしいと言ったらいい。
もし、相手が自分を傷つける気持ちであるならば、出るところに出たらいい。
そして、やることやってどうにもならなかったら、その環境から逃げたらいい。

あなたをまず最初に守る絶対的な味方があなたであってください。
それだけで、心は満たされていきます。

6.まとめ

今回は、気にしない方法というテーマをまとめました。

結論として、気にしない方法なんてありません。
しかし、自分が何を気にして心ではどういう仕組みであるのかを紐解くことによって、
自然と気にならなくなっていきます。

だから、自然と気にならなくなるまで、気になることは気にしたらいいし、
嫌なことは嫌だと言ったらいいのです。

気にならなくなることが正解で、気になる自分は未熟だということではありません。
今のこの状態が完成系なのです。
だから、今感じる気持ちに従っていってください。

その上で、より気分よく満たされて生きるという意味合いで、
心のことに取り組んでもらえたらと思います。

気にしないという我慢をしているなと感じる場合は、
我慢してるのにうまくいかない理由と解決策も参考にしてみてくださいね。

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