根性がない自分はこうやって認めていく

  • 2016年5月23日
  • 2020年5月17日
  • 自信
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やろうと決意しても、いつも途中でやる気がなくなってしまう。
自分は頑張れない人だ。
踏ん張って我慢する力がない自分が情けない。

自分って根性ないな。

頑張れない自分や根性のでない自分を責めることはとても苦しいことではないでしょうか?
それは、四六時中一緒にいる自分がいつも監視し、小言を言っているのと同じことなので、
とても苦しく生きづらいように感じます。

この記事では、根性がない自分とどう付き合っていったらよいかについて書いていきます。

一昔前は、「根性がいいもの」のように言われていたかもしれません。
その考えを自分の土台に据えて、日々充実するのであればそれでも構いませんが、
それが自分を責める材料になるのであれば、すぐに「根性」なんて手放してしまえばいいのです。

ぜひ、「どうあるべき」や「一般的に」といった価値観を捨てて、
楽に自由な考え方をインストールしてもらえたらと思います。

1.根性を出さなければできないことはしなくていい

まず、いきなりですが、
「根性を出さなければできないことはしなくてもいい」です。

そもそも、あなたはなぜ根性を出そうとしているのでしょうか?
「結果を出すため」「成功するため」「上司や親がそうしろというから」
そんな理由はあなたの行動を決定する理由にはなりません。

結果なんて出さなくていいし、
成功なんてしなくていいし、
上司や親の言うとおりにしなくてもいいのです。

それは、結果や成功、他人の承認の先にあなたの幸せはないからです。

他人から認められてもあなた気持ちは一瞬だけ満たされ、その後長続きはしないでしょう。
結果や根拠を理由にいくら自分を誇ってみても、まだまだもっともっとと茨の道を進むことになるでしょう。

だから、「根性」を出してそんなものを手に入れなくていいということです。
根性の先にあなたの欲しいものはないので、根性を出さなくていいと知っておいてください。

2.自分を責めていると相手も責めているように感じる

そうは言っても、根性がないことで人から責められることが気になるのではないでしょうか?
しかし、実は他人が自分を責めているかどうかは、自分にとってそれほど大きな問題ではありません。

私たちは、人からひどいことを言われたら傷つくと思うかもしれませんが、
本当は、人からひどいことを言われたことを「きっかけ」にして、
自分を責めるから、傷つき痛く感じるのです。

例えば、「根性なんて出さなくていいよ、それって疲れるでしょ」と考えている人に、
「根性なし」といくら言っても、傷つかないわけです。
それは、この人は「根性なし」ということで自分を責めてはいないからです。

つまり、他人からの「きっかけ」以外に、私たちは自分を「責める」「責めない」のフィルターを持っているということです。

そして、自分を責めるフィルターを使っていると、
他人の一言によって自分をものすごく責めるし、他人が責めていなくても妄想を膨らまして勝手に自分を責めるのです。

表現を変えると、元々「根性がない」ことは問題ではないということです。
問題がないことを問題だと自分が決めているというだけなのです。

問題を問題にしない、自分を責めることをやめるには、自分を認めてみてください。
以降では、自分をどうやって認めたらいいのかについて書いていきます。

3.「自分」を認める

まず、「自分を認める」の「自分」について説明していきます。
「自分」というのは、「できない自分」だけではなく「できる自分」も認めていきます。

私たちは、「できない自分」「ダメな自分」を否定し、認めていませんが、
それと同じように、「できる自分」「素敵な自分」も否定しています。
それは、ダメな自分は傷つくリスクがあり、素敵な自分は恥ずかしいという感情によるものです。

ですので、ここでは「できる自分」と「できない自分」の両方を認めていくのだと意識しておいてください。

3-1.「自分」でいいと許す

自分を認めていくには、「自分でいいのだ」と自分を許してあげてください。

「できない自分」「ダメな自分」でもいい。
そんな自分でも責めない、と許してあげるのです。
さらに、「できない自分」「ダメな自分でも素晴らしい」と捉え直しをしてみてください。

また、上記説明のとおり、「できない」とは逆に「できる自分」「素敵な自分」「魅力的な自分」も受け入れてみてください。

ここまで読んで、「じゃあ、ダメも素晴らしいも受け入れよう」とすんなり思えた方は、次の章まで進んでしまって構いません。
「そうは言っても・・・」という気持ちが出てきた方は、
「できない自分でもいい」「ダメな自分も素晴らしい」「自分って素敵」と思い込まなくていいということを覚えておいてください。

自分がそう思っていようが思ってなかろうが、
「できなくてもいいし」「それでも素晴らしいし」「素敵なところばかりだ」ということは変わらないということです。
それを自覚していようが自覚していなかろうがいいということです。

表現を変えると、主観がどうであっても客観的なできごとは変わらないので、
無理に思い込む必要なんてないということです。

ただ、ここだけ抑えて欲しいのですが、思い込まなくていいのだけど、

  • できなくてもいい、そういう世界なんだなぁ
  • できなくても素晴らしいことに変わりはないのだ
  • 自分ってよくわからないけれど、素敵なところばかりなんだなぁー

「という、ことなんだ」ということをわかっておいてください。
思い込まなくてもいいけど、「そういうものなんだ」とぼんやり思っておいてください。

すると、見えるものがどんどん変わっていきます。
「そういうものなんだ」という出来ごとをどんどん目の当たりにして、
だんだんと自然に、「自分のままでよかった」ことに気づいていきます。

3-2.過去の傷を癒してあげる

もし、過去・小さな頃に「根性がない」ことで否定されたり傷ついたりした出来ごとがあれば、
その傷を癒してあげてください。

私たちは、傷ついた出来ごとによって、「それはいけないことなんだ」と認識し、
そうである自分を隠し、その反対側に向かおうとします。
今回のテーマであれば、根性なしの自分を隠し根性のある自分になろうとします。

しかし、100%根性のある人にはなれないのです。
それはあなただけではなく、誰でも100%にはなれないのです。
その根性がないところにフォーカスし、自分を責めていても、「根性のない自分責め」は終わることがありません。

そこで、「根性の有無」への執着のきっかけとなった出来ごとへアプローチしていきます。

傷ついた自分を癒す方法は以下です。

  1. 傷ついた出来ごとを思いだす
  2. その時の気持ちをわかってあげる
  3. その時に言って欲しかった言葉を自分にかけてあげる

自分が自分の親になった気持ちで、子どもの気持ちをわかってあげて、
優しい言葉や許しの言葉を子どもである自分にかけてあげてください。

毎日続けていると、ふと、もう手放してもいいかという気持ちになっている自分に気づくと思います。

3-3.行動してみる

最後に実際に行動してみてください。

この場面で弱音を吐いたら、根性なしに思われそうだなという場面があったら、実際に弱音を吐いてみてください。
それをすることが嫌だなと思ったら、断ってみてください。
自分に根性があるかないか図るためにやっていることがあるのなら、辞めてみてください。

そして、弱音も言うし、断るし、途中で投げ出した自分を、
「それでもいい」と許してみてください。

実際にやめてみることで、やり続ける必要がなかったことに気づきます。
責めていたのは自分だけだったことに気づきます。
それでも責められる場合は、環境を変える等自分の好きなようにすればいいだけだということに気づきます。

本当は、想像できないほど私たちは自由なのです。
それを、自分の執着によって狭めているだけなのです。

実際に、手放して見る・やってみることで等身大の世界がみえていきます。

4.根性の変わりにやってほしいこと

そして、根性を手放したら、好きなことをしてみてください。

少し考えて欲しいのですが、
あなたが好きなことをしている時、「根性」を意識することがあるでしょうか?

漫画を楽しく読んでいるとき、サバゲーに没頭しているとき、歌を歌っているとき。
それが好きなことなら時間も忘れていると思います。
そして、それが好きではない他人が見たときに、「ずっと続けられて根性あるなぁー」と感じるかもしれません。

「根性」なんて「ただの言葉」なのです。

そんなことにこだわらず、自分の好きなことを楽しくやったらいいのだと思います。

5.まとめ

今回は、根性をテーマに自分の認め方について書きました。

「自分を認める」「自分を責めることをやめる」とものすごい楽です。
そして、誰も責めていなかったことに気づきます。
自分を責めるのも否定するのも、本当は自分だけです。

ぜひ、「そうなのかなぁー」と半信半疑のまま、
「そうなんだろうなぁー」ということにしてみてください。
世界が一気に動き出します。

自己肯定について、自己肯定を妨げるブレーキの外し方にまとめてあるので、
自己肯定を妨げるブレーキも一緒に外してみてください。