幸せへの足かせとなる罪悪感の外し方

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罪悪感の海自分だけ幸せになることや、
自分だけ楽をしたり楽しんだりすることに抵抗を感じるかもしれません。
この抵抗に代表されるものの一つに罪悪感があります。

自分だけ幸せになるのは相手に悪い。
自分だけ恵まれていては申し訳ない。
この愚痴も相手にとったら自慢に聞こえるかもしれない。

私たちは、そういう風に自分が幸せになることを抑え、
自分だけ楽しいことをすることを避け、「みんなと同じように」大変な思いをしようとすることがあります。

すると、いつまでも楽で楽しくて、
自分らしく幸せを感じることができなくなる。

というわけで、今回は、幸せへ進む上で抱く罪悪感を手放す方法を解説していきます。

本記事では、今既に抱えている罪悪感と、
幸せへ進もうとした時に湧いてくる罪悪感の二つに分けて説明していきます。

昔、私が心のことを学んでいたとき、
その先生が言っていました「罪悪感なんてゴミ」だと。
当時、この一言に衝撃を受けましたが、本当にゴミです。

持っていてもいいことは一つもないので、ぜひ、とっとと捨ててしまってくださいね。

1.今既に抱えている根っこの罪悪感

まず、今既に抱えている罪悪感について扱っていきます。

罪悪感を抱えていると、幸せな選択が心理的にしにくくなります。
それは、自分には今罪があると感じているため、
そんな罪のある自分が幸せになっていいのかと自問が始まるからです。

ですので、先に今抱えている罪悪感を捨てていきます。

1-1.何に対する罪悪感なのか

そもそも今ある罪悪感は誰の何に対する罪悪感なのか、少し時間を取って考えてみてください。

  • 親を幸せにできなかった
  • 親の期待に応えられず喜ばせることができなかった
  • 友達にがっかりされた

私がカウンセリングをして様々な方の相談を聞いてきた経験上、
「親を幸せにできなかったこと」と「親の期待に応えられなかったこと」を
罪悪感として強く握っている(自分を罰している)ことが多いです。

もし、逆にパッと考えてみて思い当たる節がない場合は、
無理に考え出そう、作り出そうとせず、
2.の「幸せへ進もうとした時に湧いてくる罪悪感」まで読み飛ばしてください。

1-2.今ある罪悪感を手放す

罪悪感だけでなく、自分を責める気持ちについてもそうなのですが、
罪悪感や自責の辛さを味わいたくないから、と、気持ちを感じることを避けていると、
いつまでも罪悪感や自責の傷は癒えず、いつまでも痛みます。

一度、その傷に光を当てて外気にさらして、かさぶたにしてしまってください。

ちゃんと直視してちゃんと痛みを感じてしまえばいいのです。
そのイメージワークのやり方を紹介します。

  1. 軽く目を閉じる
  2. 罪悪感を感じた場面を思い出す
    (親ががっかりした顔をしたり何かを言われたりした場面)
  3. その時に湧いてきた気持ちを感じる
  4. その相手に謝ってみる
    (喜ばせられなくてごめんね、幸せにできなくてごめんね)
  5. 自分に対して優しい言葉をかける(あなたはそのままでいいんだよ、無理させてきたね、頑張ってくれてありがとう)

一度、ちゃんと自分が何に対して罪悪感を抱いているのか、
その時に何が言いたかったのかを自分がわかってあげてください。

このワークをしばらく続けて、自分の本心を自分がわかってあげていくことで、
罪悪感の気持ちが落ち着いていきます。

そして、気持ちが落ち着いて来たら、その罪の意識をバッサリ捨ててみてください。

申し訳ない気持ちを感じる仕組みと申し訳なさを軽くする方法に詳しく書いてありますが、
その罪の意識はそれを罪に感じているだけで、罪なんかではありません。

そもそも、人を幸せにできるのはその人だけだし(幸せはカタチではなく感じ方です)、
自分が何かしなければならなかったわけではなく、ただ生きているだけでいいのです。

いるだけでいいのに、両親のケンカを止めるとか、
学校の成績とか、何かの分野で大成するとか、社会人として働くとか、
「親よ、わがまま言うな」と笑

そして、両親もただあなたに幸せになって欲しいだけです。
自分たちの価値観で勝手に幸せのカタチを想像して、
そのカタチをあなたが実現することであなたに幸せになってもらおうとしているわけです。

要は、幸せになって欲しいという気持ちなだけで、
何を期待されているわけでも、何を達成しなければいけないわけでもありません。

だから、幸せにできなかったという気持ちや期待という荷物を勝手に背負い込むのではなく、
気づいてみてください、元々荷物なんてなかったのだと。
自分の勝手な妄想で作り出したということです。

1-3.親を捨てるという選択

そして、そろそろ親を捨ててくださいね。

親の教えに従って、親を喜ばせるように、親に認めてもらうように愛されるように。
確かに、小さい頃に教わった価値観というのはその後も大きな影響を持ちます。

しかし、いつまで「親が」「親のため」「親に」と言って生きますか?

親は救うものでも助けるものでも幸せにするものでもなく、捨てるものです。

大事なのでもう一度言います。
「親は捨てるものです」

それを自立と言います。

親の教えも理解した、そしてやってみた。
その上で、自分はこれをしてみたい、教えに反しても自分の幸せを選ぶ、自分の大事にしたいモノを守る。
それが自立です。

自分の気持ちをなかったことにして、自分の幸せを封じ込めたまま、
親の望むレールを歩くことは、まだ自分の人生が始まっていないということです。

他人を含め、親も、
誰もあなたの人生の責任をとってくれるわけではありません。

親の言うとおりにしたら、期待に応えたら、
あなたの人生がものすごく充実したものになると約束なんてされていないし、
そうなる確率は極めて低いと思います。

だから、誰の意見も誰かの期待も捨てて、
まず自分だけ幸せにするように舵を切ってみてください。

そうやって、自立した上で、したかったら親孝行をしたらいいのです。
一度、ひどいように感じるかもしれないし、悲しく感じるかもしれませんが、
親を捨ててみてください。

捨てたように感じる距離感がちょうどよく付き合える距離感です。

2.幸せへ進もうとした時に湧いてくる罪悪感

私たちは、なぜか幸せへ進もうとした時に罪悪感が湧いてくることがあります。
私も恵まれていることや自分だけ良くしてもらうことへの罪悪感を抱いていました。

しかし、この罪悪感によってブレーキを踏んでしまうと、
幸せや自分が望むところへ足踏みをします。

ですので、ここではこの罪悪感の形を明確にしたあとに、
罪悪感とはなんて歪な形だったんだということに気づいてもらおうと思います。

2-1.他人に抱く歪な罪悪感

私がそうだったのですが、「自分だけ得するのはダメだ」という思いから、
幸せへ向かうレースをイメージした場合、自分は最後尾に位置していなければいけない、
という思いを漠然と持っていました。

最後尾は自分で、後ろから2番目の人が幸せな方向に進んだから、
それを超えないところまで自分が幸せになっていい、というイメージです。

「自分だけ」と抵抗を感じるとき、そんなイメージ持っていませんか?

しかし、これは、すごく傲慢な考え方で、
相手の幸せ具合を勝手に計って、勝手に決め付けて、勝手に見下しているんです。

あの人はこういう状況だから、きっと幸せレベルは3。
だから、自分は2ぐらいにしとかなきゃ笑
だいぶ嫌なヤツなんです。

誰も人に自分の幸せや充実感を決めつけられたくないという話で(特に下の方には)。

そして、その遠慮、レース運びは、だぁーーーーれの何の役にも立っていません。
ただの自己満足なのです。

みんなはもっともっと幸せです。
自分が自分の幸せを押さえ込んで苦しんでいると、周りもきっと幸せじゃないと感じるだけで、
みんなはもっともっと幸せなのです。

そう、レースの目の前にいる相手は、あなたより一周分トラックを多く走っているかもしれません。
あなたがただ周回遅れなだけで。

もし、他人のことを考えるのであれば、
あなたがみんなから羨ましがられる程、幸せになってみてください。
幸せになるコツを聴きたくなる程に。

そうして、コツを聞きにきた人に教えてあげたらいいのです。

もう一度言っておきます。
その罪悪感のレース運び、誰の役にもたってません。

2-2.愛情をくれる相手に抱く歪な罪悪感

また、愛情をくれる相手や何かをしてくれる相手に罪悪感を抱くこともあります。
そんなときは、遠慮したい気持ちやお返ししたいという気持ちをぐっと堪えて、
ぜひ、そのまんま喜んで受け取ってみてください。

人が誰かに愛情を注ぐというのは、
その人にとって、その誰かが宝物になるチャンスです。

私たちは、日々、何万人という人と触れ合いながら生きいます。
しかし、その大半の人が顔も覚えてなければ、平たく言ったら自分にとってどうでもいい人です。

そのどうでもいい人がどうでも良くない人になる瞬間があります。
それが、自分が愛情をかけた瞬間です。

相手が喜ぶと思ってしたことや相手への思いやりによって、
それが大事なもの、もっと言うと宝物へと変わっていきます。

だから、逆に、愛情を受け取らないことや罪悪感からお返しするということは、
宝物ができる相手のチャンスを潰しているということです。

もし、相手が嫌いで距離を置きたい人でなかったら、
素直に相手からの愛情を受け取ってみてください。
そして、相手にとっての大事なもの・宝物として可愛がられてみてください。

自分は何もせずにただ受け取る。
それだけの価値があるということです。
というか、相手が勝手に価値を感じて宝物だと思ってくれるということです。

それはあなたが決めることではなく、
価値がある・宝物だということは既に決まっているのです。
だから、ただただ価値があるんだ・宝物なんだと諦めてみてください。

3.自分を許せるのは自分だけ

ここまで、「今既に抱えている根っこの罪悪感」と
「幸せへ進もうとした時に湧いてくる罪悪感」の話をしてきましたが、
最後に決めるのは自分です。

その罪悪感を捨てていいかと思ってみるのも、捨ててみようとするのも、
罪に感じている自分を許すのも、
あなたしかいないし、あなたにしかできないことです。

そして、そうやって捨ててみて初めて、
自分には元々罪なんてなかったことに気づくし、
自分の人生、誰に遠慮することなく自由に生きていいことを実感します。

その罪悪感は妄想で、ゴミだったなということがわかります。

そんな妄想やゴミで、自分の人生を狭めてしまうのは非常にもったいない。
ぜひ、罪の意識を自分で許して、その先の人生を目一杯楽しんでみてください。

4.まとめ

今回は、幸せへ歩き出す上で足かせとなる罪悪感の外し方をまとめました。

雑にまとめると、「罪悪感なんて妄想」ということです。
そんなものはこの世になくて、そのこの世にないものを感じているということです。
面白いですよね。

それに気づくために、色んなものを捨てて一歩も二歩も幸せに歩き出すのです。

自分を幸せにできるのは自分しかいないし、自分の幸せに責任を持つ。
人間なんてそれ以外にやることはないです。

ぜひ、悪いな・申し訳ないなという気持ちを大いに感じながら、
それでも、自分が感じる幸せな方向に走っていってみてください。

この記事がその助けになれば幸いです。

また、文中に紹介した申し訳ない気持ちを感じる仕組みと申し訳なさを軽くする方法
かわいそうな人を見ると辛く感じる仕組みと辛さを解消する方法も参考にしてみてください。

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